公認会計士vs特捜検察
公認会計士vs特捜検察
出版社:日経BP社
発売日:2007-11-15
レビュー評価の平均:(4.5)
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レビュー評価:(5)
私自身、事件の舞台である潟Lャッツに16年間勤務していました。事件後、民事再生から転職を余儀なくされました。この本を読むまで、この事件の真相を理解していませんでした。私は著者である細野氏を知っています。加えて細野氏以外の登場人物の多くを知っています。この作品は、満天白日の下に事件と関係者の本質を明らかにしたものでした。この事件の本質は、「外部の詐欺師たちが起こした経済事件」であり、詐欺師らは捕まりもせず、罰せられてもいないこと、さらに、この事件が歪曲された原因が、事実でない証言(偽証)によって立件されているということが述べられていました。この中の登場人物は、全て実名で書かれており、元常務の学歴詐称まで書かれていることに驚かされました。元社員の私としては、ある種、この本が、この世の閻魔大王の判決文のように、各人各様の実態を鮮明に表現していることに背筋を寒くする思いで一気に読みました。細野氏の過去を知るものは、細野氏が善良な人であることを知っています。そのような細野氏をして、悪の烙印を押し、色眼鏡で見ると、主犯にも見えるものだというのは、怠慢な権力のなせる業なのでしょう。問題の本質が、元役員の讒言(ざんげん)にあるという点に、事件の複雑さ、やるせなさを感じました。元常務らが、いかに検察のストーリーとはいえ、自らが助かりたいがために細野氏を犠牲にして自らが特別背任の罪を逃れたという点は、元社員として許せません。真実の犯人である初期の首謀者が逃れることができたのも、本来被害者である村上氏や、事件の解決を図ろうと努力した細野氏が事件の首謀者に仕立てられたのも、原因が元常務の偽証にあったのですから、今更ながらにひどい事件だと思います。この本は、経済犯罪を裁くということの難しさを、ノンフィクションで解説した良書です。加えて、人が人を裁くことの難しさを、この本は教えてくれています。
レビュー評価:(5)
本書は衝撃的な内容でした。
これまで常識だと思っていた検察捜査の実態は、実態を見ることのできない世間の常識とは大きく掛け離れていて法制度そのものの意義自体を疑うほどのものでした。
検察官の仕事が、被告人を有罪にするためのシナリオを描いて、そのシナリオに適合する証拠だけをピックアップしてその他は無視というのは呆れる他ありません。しかも、その証拠も著者自身による調査によっていとも簡単に崩れ落ちてしまうような事態に陥っています。
このような事態にも関わらず、有価証券報告書虚偽記載の有罪判決を受けています。
裁判の中では当該有価証券報告書に虚偽の記載は認められないことまで立証されているのにも関わらず、矛盾する検察側の証拠やシナリオに勝ちを宣言しています。
今回の著者の体験は第3者では推し測ることの出来ないほどの心理的負担だったと思います。しかし、無実の著者は司法という強大な力に立ち向かい、その闇を暴こうと闘っています。
本書が著者の今後の活躍に少しでも役立つことを願っています。
レビュー評価:(5)
驚愕の事実が世の中に公開された。キャッツの株価操縦事件にからみ2004年3月に逮捕された公認会計士による特捜検察との闘争の3年半が綴られている。
第1章の東京地検特捜部のつかみから圧巻である。検察の取調べ手法は常軌を逸しており、会計のプロである公認会計士に対して強引に「有価証券報告書虚偽記載」というシナリオを描いて立件を進める捜査姿勢・方針には身の毛がよだつ思いがした。
この本のすごみは、控訴審を闘い終えた時点までのすべての記録が被告の側から正確かつ網羅的に綴られていることにある。第一部は逮捕前後から起訴まで、第二部は一審、第三部は控訴審である。第二部の最初の辺りで、著者のクライアントに対する過剰なサービスに違和感を覚えた読者は少なくないと思う。また、監査人の「独立性」を持ち出すまでもなく、社長の大友に経営者としての誠実性が感じられない以上、監査人という立場で関わるべきではなかったという気がしてならない。第二部は誠意なき人間にだまされた哀しい敏腕会計士の姿が映し出されており、さほど同情の念を抱くことはなかった。
ところが第三部で一転する。検察官の心証をよくするために動こうとする弁護士とも対立し、著者は無実の立証に向け捨て身の攻勢を展開する。顧問弁護士の本多弁護士、村上専務、そして社長の大友に直に会い真実を語ってほしいと迫る。彼らが会ってくれたこと自体ある種奇跡だが、罪を著者に負いかぶせた自責の念と、著者への数々の恩義に対する人間としての良心がそうさせたのだと思う。社長・専務が宣誓供述書のみならず逆転証言まで引き受けたことは、著者の人間力のなせる業であり、そこに大きな救いがある。
一方、検察という恐ろしい国家権力の横暴と、それを止めることができない日本の司法制度には怒りを通り越して呆れるより他にない。
レビュー評価:(5)
「第1章東京地検特捜部」の内容には衝撃を受けた。このような事が今の日本で行われているのか、信じられない、間違いであって欲しい、というのが正直な感想だ。
真実よりも、真実でない事を認めたほうが結果として得をするかもしれないが、そうではなく自分の信念を貫く著者の強さが本文の随所に現れ、非常に印象に残った。
「誰もが乗り越えることをあきらめざるを得ないほどの厳しい試練を神が与えるからには、神は私だけはそれを乗り越えられることもまた知っているのではないか。なぜなら神は私の無実を知っているからである。」
最後まで読んで、この言葉をじっくりと味わって頂きたい。
レビュー評価:(5)
刑事事件有罪率は99.9%だという。その理由がこの本を読めば分かる。周防監督の映画『それでも僕はやってない』の会計士版である。最近では、志布志事件などのでっち上げが明らかになり、取り調べ過程の情報公開が議論されているがこの本の内容も、無罪を証明する証拠を裁判所が無視するなど、検察・裁判所の違法捜査、職務怠慢(犯罪だ)のひどい実態が、被告側から明らかにされる著者はこの本を、審理に使用できる内容にするつもりで書いたと言っている。上告審で検察と裁判所は、この本で指摘されたことに答える義務があろう。
著者は今、控訴中であるが、この本を出版したことで上告審に多数の注目が集まり、勝訴にしろ敗訴にしろ、捜査・裁判のいいかげんさを白日の下に晒した。著者の功績は大きい。できれば、周防監督に、映画化してもらいたい。
詳細書評:http://blog.so-net.ne.jp/furuido/2007-12-09
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私自身、事件の舞台である潟Lャッツに16年間勤務していました。事件後、民事再生から転職を余儀なくされました。この本を読むまで、この事件の真相を理解していませんでした。私は著者である細野氏を知っています。加えて細野氏以外の登場人物の多くを知っています。この作品は、満天白日の下に事件と関係者の本質を明らかにしたものでした。この事件の本質は、「外部の詐欺師たちが起こした経済事件」であり、詐欺師らは捕まりもせず、罰せられてもいないこと、さらに、この事件が歪曲された原因が、事実でない証言(偽証)によって立件されているということが述べられていました。この中の登場人物は、全て実名で書かれており、元常務の学歴詐称まで書かれていることに驚かされました。元社員の私としては、ある種、この本が、この世の閻魔大王の判決文のように、各人各様の実態を鮮明に表現していることに背筋を寒くする思いで一気に読みました。細野氏の過去を知るものは、細野氏が善良な人であることを知っています。そのような細野氏をして、悪の烙印を押し、色眼鏡で見ると、主犯にも見えるものだというのは、怠慢な権力のなせる業なのでしょう。問題の本質が、元役員の讒言(ざんげん)にあるという点に、事件の複雑さ、やるせなさを感じました。元常務らが、いかに検察のストーリーとはいえ、自らが助かりたいがために細野氏を犠牲にして自らが特別背任の罪を逃れたという点は、元社員として許せません。真実の犯人である初期の首謀者が逃れることができたのも、本来被害者である村上氏や、事件の解決を図ろうと努力した細野氏が事件の首謀者に仕立てられたのも、原因が元常務の偽証にあったのですから、今更ながらにひどい事件だと思います。この本は、経済犯罪を裁くということの難しさを、ノンフィクションで解説した良書です。加えて、人が人を裁くことの難しさを、この本は教えてくれています。
レビュー評価:(5)
本書は衝撃的な内容でした。
これまで常識だと思っていた検察捜査の実態は、実態を見ることのできない世間の常識とは大きく掛け離れていて法制度そのものの意義自体を疑うほどのものでした。
検察官の仕事が、被告人を有罪にするためのシナリオを描いて、そのシナリオに適合する証拠だけをピックアップしてその他は無視というのは呆れる他ありません。しかも、その証拠も著者自身による調査によっていとも簡単に崩れ落ちてしまうような事態に陥っています。
このような事態にも関わらず、有価証券報告書虚偽記載の有罪判決を受けています。
裁判の中では当該有価証券報告書に虚偽の記載は認められないことまで立証されているのにも関わらず、矛盾する検察側の証拠やシナリオに勝ちを宣言しています。
今回の著者の体験は第3者では推し測ることの出来ないほどの心理的負担だったと思います。しかし、無実の著者は司法という強大な力に立ち向かい、その闇を暴こうと闘っています。
本書が著者の今後の活躍に少しでも役立つことを願っています。
レビュー評価:(5)
驚愕の事実が世の中に公開された。キャッツの株価操縦事件にからみ2004年3月に逮捕された公認会計士による特捜検察との闘争の3年半が綴られている。
第1章の東京地検特捜部のつかみから圧巻である。検察の取調べ手法は常軌を逸しており、会計のプロである公認会計士に対して強引に「有価証券報告書虚偽記載」というシナリオを描いて立件を進める捜査姿勢・方針には身の毛がよだつ思いがした。
この本のすごみは、控訴審を闘い終えた時点までのすべての記録が被告の側から正確かつ網羅的に綴られていることにある。第一部は逮捕前後から起訴まで、第二部は一審、第三部は控訴審である。第二部の最初の辺りで、著者のクライアントに対する過剰なサービスに違和感を覚えた読者は少なくないと思う。また、監査人の「独立性」を持ち出すまでもなく、社長の大友に経営者としての誠実性が感じられない以上、監査人という立場で関わるべきではなかったという気がしてならない。第二部は誠意なき人間にだまされた哀しい敏腕会計士の姿が映し出されており、さほど同情の念を抱くことはなかった。
ところが第三部で一転する。検察官の心証をよくするために動こうとする弁護士とも対立し、著者は無実の立証に向け捨て身の攻勢を展開する。顧問弁護士の本多弁護士、村上専務、そして社長の大友に直に会い真実を語ってほしいと迫る。彼らが会ってくれたこと自体ある種奇跡だが、罪を著者に負いかぶせた自責の念と、著者への数々の恩義に対する人間としての良心がそうさせたのだと思う。社長・専務が宣誓供述書のみならず逆転証言まで引き受けたことは、著者の人間力のなせる業であり、そこに大きな救いがある。
一方、検察という恐ろしい国家権力の横暴と、それを止めることができない日本の司法制度には怒りを通り越して呆れるより他にない。
レビュー評価:(5)
「第1章東京地検特捜部」の内容には衝撃を受けた。このような事が今の日本で行われているのか、信じられない、間違いであって欲しい、というのが正直な感想だ。
真実よりも、真実でない事を認めたほうが結果として得をするかもしれないが、そうではなく自分の信念を貫く著者の強さが本文の随所に現れ、非常に印象に残った。
「誰もが乗り越えることをあきらめざるを得ないほどの厳しい試練を神が与えるからには、神は私だけはそれを乗り越えられることもまた知っているのではないか。なぜなら神は私の無実を知っているからである。」
最後まで読んで、この言葉をじっくりと味わって頂きたい。
レビュー評価:(5)
刑事事件有罪率は99.9%だという。その理由がこの本を読めば分かる。周防監督の映画『それでも僕はやってない』の会計士版である。最近では、志布志事件などのでっち上げが明らかになり、取り調べ過程の情報公開が議論されているがこの本の内容も、無罪を証明する証拠を裁判所が無視するなど、検察・裁判所の違法捜査、職務怠慢(犯罪だ)のひどい実態が、被告側から明らかにされる著者はこの本を、審理に使用できる内容にするつもりで書いたと言っている。上告審で検察と裁判所は、この本で指摘されたことに答える義務があろう。
著者は今、控訴中であるが、この本を出版したことで上告審に多数の注目が集まり、勝訴にしろ敗訴にしろ、捜査・裁判のいいかげんさを白日の下に晒した。著者の功績は大きい。できれば、周防監督に、映画化してもらいたい。
詳細書評:http://blog.so-net.ne.jp/furuido/2007-12-09
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